本編
愚者炎症手術 -Will o' wisp operation-

幼少期どんな友人がいたかと記憶をさかのぼれば、もう殆ど名前も顔もおぼろげだ。しかし、今でも当時を思い返した時、必ず浮かぶ顔がある。

特段仲が良かったわけでもないが、とにかく彼の事だけ忘れることができないのは、クラス全員が巻き込まれたあの事件で、共に多くの真実を目撃したからかもしれない。

01. 導入

― 社会科見学 ―

金曜日の午後、6時間目のHRで主だった話は、明日におこなわれる課外授業についてだった。朝一から近隣の銀行に社会科見学に行くのだ。
教師からの忠告は、遅刻しない、弁当や水筒を忘れない等、どれも変哲の無い内容だ。では、45分もの時間の多くを何に費やしたかというと、『ペア決め』だ。
探索者の社交性の高さは個性に任せられるが、このクラスには例外的な問題がある。クラスメイト同士の関係が希薄なのだ。仲が悪いわけではないが、ありがちなグループや、いつも遊ぶ二人組などができない。
この違和感は、当事者でないと感じることができないものかもしれない。まるで、人間関係が煩わしいと感じている誰かが、全員を巻き込んだように思えてならない。
しかし、違和感を感じながらも、特段問題が あるわけではないため、誰も変えようとは思わない。誰もが恐る恐る相手を決める姿は、ある意味クラス全員が平等であるとも捉えられるからだ。
それでも、次々とペアが決まっていく。
探索者が焦りを覚え始めた頃、クラスメイトの一人に話しかけられる。

嘉羽

「まだ決まっていないなら、僕とペアを組んでくれないかな」

そう提案してきたのは、確かヨウスケくんという名だった気がする。
名前もおぼろげなクラスメイトの唐突な提案に逡巡するかもしれないが、気付けば自分達以外の全ての生徒が、あれよあれよという間にペアが決まってしまっていた。
異様に平坦な関係性は、決まりだしてしまえばあっという間なのだろう。結局、断る理由もなければ、断れる状況でもないようだ。
探索者がどのように了承するにしても、嘉羽は柔和な笑みを浮かべて感謝を告げる。

嘉羽

「ありがとう! 断られたらどうしようかと思ったよ。こんなことなら、普段から{HO1}と仲良くしておけば良かったなぁ」

人の心理を窺うことが得意な探索者であれば、皮肉など一ミリも無い、心からの言葉だと分かるかもしれない。

嘉羽

「いや、今からでも遅くないはずだ。今日の放課後、{HO1}の家に遊びに行っても良い?今日仲良くなって、明日は楽しく過ごしたいんだ」

探索者は、彼の誘いに乗っても良いし断っても良い。だが、場所を変えることはできない。
なぜなら、今日の放課後は家をあけないようにと父からきつく言われているからだ。

誘いに乗れば、嘉羽は感謝を告げて席に戻っていく。放課後は家に寄らず、そのまま探索者の家に行くそうだ。

断った場合、少し驚いたような顔をしてから、無理強いはしないべきだと引き下がる。
残念がる顔でも見れるかとその後の様子を見ても、彼の表情から落胆の色は見えない。
人の心理を窺うことが得意な探索者であれば、彼は断られたことに心底驚いているようだと感じる。
特段親密でない相手から家にあげてくれと言われた時、特に理由のない警戒心を抱くというごく一般的な感情を理解していないのかもしれない。

02. 探索者の家

― 青き太陽御教師たち ―

嘉羽を家に呼ぶと決めたあなたは、彼と帰路を共にする。
道中話した内容は、記憶に残らない他愛の無いものだったが、なかなか会話がはずんだと感じる。
嘉羽は自分が分からない話はしてこなかったし、自分から話を振った場合も大概の話に乗ってきた。
そんな悪くない道中の時間は瞬く間に過ぎていき、気付けば家の前に着いている。
玄関先にはスーツ姿の父が待っていた。

「おぉ! 友達を連れてきたのか! めずらしいじゃないか。そうだよなぁ……まだ家に一人は寂しいよなぁ……ウンウン」

陽気な父は、いつもの調子で大仰に悲しむ演技をしている。
続けて嘉羽の方に向き直ると、人当たりの良い父らしい挨拶をした。

「悪いねえ息子に付き合わせて! 家には特になにもないが、ウチのせいでコイツの貴重な友達を失うわけにはいかんからな! 本来俺が食べようと思っていたマルセイバターサンドを君に託そう……」

この父に対しての嘉羽の応対は、予想に反したものだった。
確かに笑顔で応対はしているが、言葉数が少ないうえに早々に話を切り上げようとしているようだ。
しかし、この違和感に気付けるのは、短い間でも彼と会話を繰り広げた経験のある自身
だけなのだろう。あくまでも『急に絡まれて対応に困った子供』の範疇を出ない対応だ。

嘉羽

「急いでいるようでしたが、大丈夫ですか?」

嘉羽がそういうと、父は思い出したように身支度を整えてどこかへ出かけて行った。
後は、父に言われたように留守番をしなくてはならない。

家に招くと、嘉羽は辺りを観察するように見渡す。
変哲もない二階建ての一軒家であるのに、何がそんなに珍しいのかと思って良い。
あなたがそのことを問うかどうかに関わらず、嘉羽の方から先に質問をされる。

嘉羽

「この置物って、何かモチーフがあったりするの?」

そう言って彼が指をさした物は、物心つく頃から玄関に飾ってあった、燃える炎の球体を模した手のひらサイズの置物だ。
かつて父に訪ねた時には『フサッグァ』という海外の神様だと聞いたことがある。
また、この『フサッグァ』は、父が信仰している神の一柱であることも知っていて良い。
父曰く、いつか地球が太陽に焼かれる日が来た時、炎から守ってくれる神様だそうだ。
この事を嘉羽に話せば、更に話を広げようとする。

嘉羽

「{HO1}は神様っていると思う?」

この質問になんと答えようと、嘉羽は「そうだね」とだけ言って意見を肯定する。
逆に同じ質問を投げかければ、いるはずだと答える。

嘉羽

「いるんじゃない?見たことは無いけどね。それに、{HO1}のお父さんがいると言ってるんだ。あのお父さんは{HO1}にそんな意味のない嘘を吐かないんじゃないかな」

それ以降は、子供らしくゲームをしたり、漫画の話しで盛り上がるのみだ。
少なくとも、帰りの時間が近づくにつれ、一抹の寂しさを覚える程度には楽しかったと感じるだろう。
18:00をまわったあたりで、嘉羽は帰宅の準備を始める。
準備と言っても、彼は学生鞄のままである為、身支度が必要な物などない。
彼は、読んだ漫画やゲームの片づけを共に行ってくれるようだ。
それなりに散らかしたような気がするが、彼は漫画の位置やゲームの配線をしまう場所などを正確に記憶していたようで、帰り際には遊んだ形跡などなかったと思うほどに片付いている。
その様を見て、例えようのない違和感を覚える気がするが、そのことを彼に問うても、本心だかわからない笑みで謙遜するのみだ。

嘉羽の忠告

嘉羽は玄関を出る際、探索者を呼び止めて明日の持ち物について確認する。
探索者が記憶しているかどうかはさておき、ありがちな用具を羅列するだろう。
しかし、どう答えても彼は足りないと言う。

嘉羽

「そうだね。大体それであっているけれど、明日はマスクを付けてきた方がいい。インフルエンザの感染者数が増えているからね。あと、まだ9 月で暑いから汗も凄いと思うんだ。大きめのバスタオルくらいあっても無駄にはならないと思うよ」

そう忠告すると、彼は改めて別れを告げて帰路につく。
忠告の内容に矛盾は無いしごもっともだ。
しかし、彼と半日過ごして少なからず人となりを見た探索者であれば、何を唐突にという感情が湧き出てくる。
少なくとも、彼が真面目な学級委員のような几帳面さを持っているようには見えなかった。

03. 二井銀行

― 銀行強盗 ―

クラスメイト一同は一か所に集められ、床に着席させられている。

銀行強盗

「静かにしろ! 泣こうが喚こうがお前達を助けてくれるやつらなんかいねえんだ! 大人しくしてねえと皆ブチ殺すぞ!」

FPSでしか見たことが無いような自動小銃を抱えた男が、泣き叫ぶ小学生児童に怒号を浴びせると、パニックよりも恐怖が勝った児童は目を見開いて口を押える。
このようなことになった経緯を思い出す意味は無い。
気付いた時には、兵装に身を包んだ集団が一階ロビーを制圧し、行員は通報する間もなく拘束されていった。小学生の社会科見学によって半ば貸し切り状態だったことは、強盗にとって幸運なことだっただろう。偶然居合わせた警察もいなければ、屈強な一般人もいなかった。3 階建ての銀行支店は瞬く間に強盗によって占拠されてしまったのだ。
探索者も例外なく着席させられ、無事に帰れることをひたすら祈るしかない。

嘉羽

「困ったことになったね」

探索者の横に座る嘉羽は、そう言いながらも冷静なようだ。

嘉羽

「幸いと言っていいか分からないけれど、この強盗達は極力手荒なことは避ける方針みたいだね。僕たちを見張っているあのオジサンも、怒鳴っているだけで危害を加えるつもりはなさそうだ。安全装置はずしてないしね。というか指を引き金にかけてすらいないし……」

言われて男を見てみれば、銃口こそこちらに向けているが、左手は下部に付いたマガジンを持っているのみだ。
人の心理を読むことに長けた探索者であれば、騒ぐ子供たちに逆上しているわけではなく、なだめるのに必死というように見えるかもしれない。
それにしても、嘉羽の落ち着きようは少々異様だと感じて良い。少なくとも、十数人の強盗が銃火器を持って脅しかけているのだ。その際に、安全装置だの、引き金だのに注目している者など大人にもいないだろう。

状況確認

1Fロビーには、集められた生徒30名と重武装した強盗が2 人いる。銀行員と教師は、強盗団の命令で上階へと引き離された。
カウンターより先はオフィスとなっているが、現在そこには誰もいない。
1Fオフィスには、窓口引き出し用のキャッシャーが複数あり、金庫程ではないにせよそれなりの金額が保管されているはずだが、探索者が見ていた限り、そこから銀行員が金を渡している様子は見ていない。
注意力の高い探索者であれば、強盗が無線で話している内容を聞き取ることができるかもしれない。

無線先の男

「警察への要求は『先生』が済ませた。だが、そう簡単に解放することはないだろう。アグニスートラは読み続けろ」

スマホなどを使えない中、アグニスートラなる聞きなれない単語について知ることは難しい。

脱出

占拠されてから数分しか経たない頃、嘉羽は非情に軽い調子で脱出を提案する。

嘉羽

「さて、そろそろ出よっか」

そう提案する彼の様子は、最寄りの公園から帰宅を提案する程度のものだ。
とはいえ、今すぐこの場にいる誰よりも早く脱出したいのは間違いない。
何故なら、探索者はこの状況下で尿意を催しているからだ。
脱出する方法があるなら是非伺いたいものだ。

嘉羽

「正直に言うんだよ。『トイレに行きたいです』って。そして、そのまま脱出して警察を呼んで欲しいな。僕はまだ死にたくないからね」

聡明な探索者であれば、嘉羽の発言が過言であると指摘できるかもしれない。
確かに状況は危険であるし、武装した強盗団は恐ろしいが、目的は金か、もしくは政治的要求だろう。あくまでも自分達は人質であり、死に直結するとは考え難い。

嘉羽

「君が助けを呼びに行ってくれないとこの場にいる殆どの人が死んじゃうよ。どんな風に死ぬか聞きたい?」

妄言であるとしか思えない上に、わざわざグロテスクな話など聞きたくも無いだろう。
それでも尋ねるのであれば、嘉羽はあくまでも冷静に自身の末路を話す。

嘉羽

「建物ごと燃やされる。僕たちは人質ではなく生贄らしい。でも君が助けを呼んでくれるならきっと大丈夫だよ」

この場で漏らすことを良しとしない探索者であれば、銀行からの脱出はさておき、トイレの許可を取るだろう。
しかし、探索者が手をあげるないし声を発しようとしたその時、一手早く別のクラスメイトがトイレに行きたいと主張する。
それを聞いた強盗の一人は、携帯トイレを手渡すと、この場でやれと命ずる。

強盗団員

「この場でやれ。俺たちは強盗団だ。子供だからって優しくされると思うなよ?女だろうと同じやり方で用を足してもらう」

羞恥に耐えて用を足す準備を始めるクラスメイトを他所に、嘉羽から探索者に対して「いうなら今だ」と伝えられる。
探索者が強盗団にオフィスのトイレを使わせてほしいと頼めば、何故か許可が出る。

「どうしても我慢できねえのか……?! 仕方ねえな……。どうせ出入り口は完全に封鎖してるんだ。出られやしねえか……そこの扉を出てスグ左にある。さっさと行ってこい!」

追い立てられるように1階フロアを出ることになる。
見張りの一人も付けられておらず、ひとまず1F内であれば自由に動けそうだ。

04. 二井銀行1F

― 全体MAP ―

まずはトイレに向かわなければならないだろう。
強盗団員が言っていたように、一階窓口からオフィスを抜けた先にある廊下には、社員用のトイレが備わっている。
廊下のつき当たりには通用口があるようだが、警備室は既に制圧されており、扉の前には武装した見張りが複数名いるのが見える。
通用口からの脱出は難しそうだ。

01. とりあえずトイレ

とにかく用を足さなくては何も始まらない。探索者はまずトイレに向かうべきだ。
女子トイレであれば、個室の壁から嗚咽が聞えてくる。位置的におそらく男子トイレの個室からだろう。
男子トイレであれば、個室に誰かがいるのが分かって良い。
足音まで消す必要は無いが、余計なトラブルを避けるためにも自身が人質の学生であることは隠した方がいいだろう。
しかし、探索者の思惑と反して、用を足している間に個室から話しかけられてしまう。

強盗団員

「誰かいるのか……?すまねえが胃薬を持ってきてくれ……。あたるようなもんは食ってねえはずなんだが……腹が……」

強盗団員の声色は明らかに衰弱しているように聞える。
探索者は、この男を無視しても構わないし、声色を低くして応対しても良い。
強盗団員は、探索者の拙い演技すら追及する余裕はないようだ。

いずれの場合でも、強盗団員から嗚咽が漏れる。
ゲエという喉の音と共に、何かを吐き出したのだと分かって良い。

以降、その男から声が発されることは無い。
耳聡い探索者であれば、個室から枯れ枝を踏んだような乾いた音がかすかに聞こえるかもしれない。
扉の下部、または横から登るなどして中を覗き込むと、そこに強盗団員の姿は無く、大便器の上に緑色の球体が乗っているのが分かる。
緑の球体は、よく見れば何かの植物のツタが球状になっている物だと分かって良い。
ツタの球体からは浅い呼吸音だけが聞えてくる。
【SANc 0/1】
現時点で探索者がこの異変に対応することは難しい。
上部の隙間は侵入できるほどの大きさでは無いし、扉も簡単に壊れる材質ではない。
何より、一刻も早く脱出しなければならないのだから。

フロアマップ

トイレの入口付近に全体のフロアマップが張られているのが分かって良い。
二井銀行は新設された5階建ての建造物で、屋上が一般に解放されている。

1Fは、先程まで居た窓口フロアとオフィス。
2Fは、行員オフィスと、応接室、オープンスペース。
3Fは、複数の事務室と役員室があるようだ。
4Fから5Fは金庫となっているようで、屋内の階段は三階までしか無い。
エレベーターは屋上まで続いているようだが、1Fに限っては通用口近くにある為、見張りに見つからずにのることは難しそうだ。

このフロアマップから読み取れる脱出手段は、外付けの非常階段だ。
2F以上の各階に非常階段に出る扉があるようだ。
順当に脱出ルートを探るのであれば、非常階段に出ることが当面の目標となるだろう。
また、通常の非常階段であれば、中→外は鍵無しで出ることができるが、外→中に入ることはできないと分かって良い。

02. 二階へ

大人しく人質に戻る気がないのであれば、とにかく2Fに上がらなければならない。
隠密行動に長けた探索者であれば、通用口にいる見張りの隙を縫って2Fの階段に辿り着けるかもしれない。
見つかってしまった場合は、見張りの強盗団員に捉えられてしまう。
しかし、強盗団員は探索者を窓口フロアに戻すのではなく、2Fに連行しようとする。

強盗団員

「いくらなんでもそりゃ無茶だぜ少年。といっても、お前の扱いはめんどくせえなぁ……。『理事長』に預けちまおう。大人しくついてくれば痛いことはしねえよ。なんつって、コレ一回は言ってみたいセリフだよな」

強盗団員は、その武装に似合わぬ穏やかな口調で探索者に語り掛ける。
探索者を連行するのは二名のようで、一人は銃口を探索者に向けてはいるが、目があえば「形だけだよ」と言いながら悪戯に笑う。
反抗さえしなければ、強盗団員は探索者と穏やかに会話するし、目的の妨げにならない内容であれば質問にも回答してくれるようだ。
探索者が自身の特別扱いについて疑問を投げかければ、強盗団員は少し驚いた様子を見せる。

強盗団員

「おいおい、教えられてないのかよ……。そりゃ怖かっただろうな。安心しろ。俺たちのボスはお前の父ちゃんだよ」

また、この事実を知ったうえで、何故こんなことをするのかと問えば、それについては自分で父に聞くべきだと諭される。
探索者が自由であるなら、2Fフロアの様子を自由に確認できるだろう。

03. トイレの異変報告

慈悲深い探索者であれば、トイレの個室で変質した強盗団員を助けようとするかもしれない。または、何かの作戦でもいいだろう。
いずれにしても、通用口を見張っている強盗団員に異変を伝えれば、探索者の説得力次第では信じてもらえるかもしれない。
強盗団員の信用をえることができれば、二名の見張りが同行する。
もし、隙を見て脱出しようとしているのであれば、まだ4 名の見張りが警備室に待機していることから、通用口を通っての脱出は困難だと分かって良い。

強盗団員は、探索者にトイレまで案内させると、うち一人が個室にノックをしながら声をかけ始める。しかし、個室から返答はない。
しびれを切らした強盗団員が体当たりで扉を破壊すると、その衝撃で個室から緑の球体が転がり出る。
太いツタが球状になっているそれは、常に蠢いていた。
所々に白いつぼみを携えたツタの集合体は、徐々に密度を増しているようにも見える。
強盗団員は、その様が異様であることは認めるが、仲間が変質したとか、中に仲間がいるなどの話を簡単に信じることは無い。
ひとまず、この場は放置することを決めると、探索者が異変を報告に来たことに礼を言い、身柄を二階に連行しようとする。
反抗さえしなければ、強盗団員は探索者と穏やかに会話するし、目的の妨げにならない内容であれば質問にも回答してくれるようだ。
探索者が自身の特別扱いについて疑問を投げかければ、強盗団員は少し驚いた様子を見せる。

強盗団員

「おいおい、教えられてないのかよ……。そりゃ怖かっただろうな。安心しろ。俺たちのボスはお前の父ちゃんだよ」

また、この事実を知ったうえで、何故こんなことをするのかと問えば、それについては自分で父に聞くべきだと諭される。

05. 二井銀行2F

― 成人の人質たち ―

二階に上がった先はオープンスペースになっているようだ。
普段であれば、この場で銀行員が昼休憩などで使用する場なのだろう。
今は、二名の強盗団員が長方形のソファで仮眠を取っているようだ。

連行されている探索者は、仮眠を取っている団員を横目に、オフィスに連れて行かれる。

連行されていない自由な探索者であれば、仮眠を取っている強盗団員に近づくことができるかもしれない。眠っている団員の一人は、薄い洋書を顔の上に乗せて寝ている。
小学生で知っているとは考え難い言語だが、南アジアの国に詳しい探索者であれあば、その本はサンスクリット語で書かれていることくらいは分かるかもしれない。
表紙に書かれた言語に対し、この場で検索をかけている余裕は無いが、スマホ撮影に慣れた探索者であれば、団員に気付かれぬように写真を撮ることができるだろう。

01. 銀行員オフィス

2Fフロアの大部分を占める一般的なオフィスだ。
勤務中だった銀行員や、警備員、一般客の大人が集められている。
探索者は、オフィスの光景に違和感を覚えるべきだ。
この部屋にいる者達は全員人質となっているはずだが、銀行員の殆どは通常通り業務をこなしているからだ。
少ない一般客や、警備員らしき男は手持無沙汰に寛いでいるようにも見える。
なかには、強盗と談笑している者すらいるようだ。

探索者が連行されているのであれば、困惑している様子を見た団員がこの様子について説明する。この異質な平穏は、強盗団員が危害を加える気が一切無く、交渉を経て協力を願い出たことによるものだそうだ。

籐編教諭

自由に行動している目敏い探索者がオフィスの中を確認した時、探索者達のクラス担任である籐編教諭を真っ先に見つけることができるかもしれない。
籐編は、銀行員の一人と会話をしていたようで、最後にカード型の何かを受け取ったように見える。
探索者が隠れて覗いているのであれば、探索者が覗いている扉とは別の扉から廊下に出て行き、エレベーターに乗ったのが分って良い。

連行されている場合、探索者に気付いた籐編が大慌てで駆け寄ってくる。
籐編は、成人女性の中でも小柄で、その体躯に見合った童顔の女だ。
容姿はかなり整っていることから、ませた男子生徒からは恋愛対象としてみられることすらある。
噂話に敏感な探索者であれば「クラスの誰々が先生の家に行った」とか「実は誰々と付き合っている」といったような複数の噂が流れているのを知っているかもしれない。
探索者は子供らしくこの噂を信じていても良いし、達観している者であれば、ありがちな噂だと聞き流していても良い。

籐編は、焦りながらも間延びした話し方で探索者の心配をする。

籐編

「{HO1}さん~! どうして連れてこられたんですか~?! 強盗さん達に酷いことされていませんか~?!」

大概の場合、暴行されていることは無いだろう。
探索者が無事であることを伝えれば、籐編は安心しつつも強盗団員に文句を言う。

籐編

「ちょっと~! 生徒は1 階で安全だって言ってたじゃないですか~! 話が違うんですけど~?」

籐編の強気な態度にも、強盗団員は穏やかに対応する。

強盗団員

「まぁまぁ先生落ちついてください。この子は例外なんですわ。『理事長』の息子さんなんですよ」

この様な事実を知った普段の彼女であれば、大声でリアクションを取りそうなものだ。
しかし、探索者の予想に反して彼女は絶句している。
人の心理を読むことに長けた探索者であれば、彼女の驚きには焦りに似た感情が混じっているように見えるかもしれない。

強盗団員

「まぁそういうわけだ。おいボウズ(嬢ちゃん) ここにはいねえから隣行くぞ。」

強盗団員は、そう言って探索者を連れてオフィスを出る。
籐編は、止める理由が見つからないのか、心配そうに探索者を見送るのみだ。

青き太陽の教師たち

移動中、強盗団員に『理事長』とは何のことだと問う者がいるかもしれない。
その場合、団員はあっさりと自分たちの素性を明かす。
団員にとって、作戦の成否に関わらない情報は秘匿に値しないようだ。

強盗団員

「『理事長』ってのはボスのことだ。俺たち『青き太陽の教師たち』は、ボスを『理事長』、幹部を『先生』と呼んでいる」

この時点で察しの良い探索者なら気付くかもしれない。
団員は籐編のことを『先生』と呼んでいた。
このことを団員に追及すると、作戦に触れる内容の為か答えることは無いが、誤魔化したことが答えと言っても過言ではない。
籐編は、この強盗団の仲間であり、地位もそれなりの者であることが分かっていい。

02. 応接室

大きめのソファとテーブルが置かれた一般的な応接室に見える。
目敏い探索者であれば、入室時に窓の外で蠢く細長い影を見ることができるかもしれない。陰は縄のようでもあり触手の様でもあった。
外を確認しようにも、換気用に窓の上部が僅かに開くだけの為、影の詳細を追うことはできない。
自由な探索者であれば、2F通路を通過する団員の会話を盗み聞くことができるかもしれない。

「計画は順調そうだな。交渉で済めばそれが一番なんだが……。それにしても、『理事長』は気合入ってるだろうなぁ。『理事長』にとって、リハ様は神託者である前に奥さんだから……」

「そうだな。そういや『理事長』どこ行った?」

「屋上で招来の準備だよ。俺たちも早くエタノール運ぶぞ」

上記の会話から、強盗団のボスは屋上にいることが分かって良い。

理事長

連行された探索者の場合、応接室で待機させられる。
この間、見張りが1 人残る為、自由に行動することはできない。
しばらくすれば、別の団員が一人の男を呼んでくる。
その男は、普段の様子からは想像もつかない、重装備に身を包んだ探索者の父だった。
恰好は異様でも、「よう」と陽気に手を上げるさまは、間違いなく父の軽ノリだ。
団員達から『理事長』と呼ばれている父は、他の団員を部屋から出し、探索者と一対一で会話を始める。

「さぁ、何から聞きたい?」

想定される質疑応答

Q. 父の一団は何なの?
A.『青き太陽の教師たち』という宗教団体だ。
Q. テロリストなの?
A. 今やっていることを見られたら、そう言われても仕方がないと思っている。しかし、目的は不当逮捕された妻(探索者の母)、リハを救うためだ。リハは非正規拘束者が収容される東京拘置所の特別収容区に囚われている。
Q. 銀行員たちはなんで協力的なの?
A. 事情を全て明かし、誠心誠意言葉を尽くし協力を願い出た。危害を一切加えないことと、窓口業務以外を自由に行うことを条件に、人質となることを了承してもらった。
Q. カルトだから捕まったんじゃないの?
A. 断じて違う。妻が捕まった際の容疑はどれも身に覚えの無いものばかりだった。
Q. 母は何者?
A.『青き太陽の教師たち』の神託者、日本でいう巫女のような役割だった。アメリカ人。
Q. どうやって出会ったの?
A. インド・パキスタン紛争中に出会った。俺はPMCとして要人警護、母はNPO団体として支援物資の配給を行っていた。『青き炎の教師たち』については結婚後に知り、妻が捕まってから入信した。信者達は、リハを救いたいと願う俺を『理事長』として立ててくれているが、そんな器ではないと思っている。
Q. 警察との交渉が決裂したらどうするの?
A. お前を巻き込まないためにも教えるわけにはいかない。
Q. 僕(私) どうすりゃいいの?
A. 解放してやる。それくらいの特別扱いは皆も許してくれるそうだ。どちらにせよ、数名の人質は交渉の過程で解放しなくてはならない。
Q. 失敗したらどうすんの?
A. 今犯行に及んでいる我々はさておき、母だけは必ず解放する算段がある。もし俺が捕まったり警察の突入で死んだら、母と共に暮らすと良い。俺がいなくてもお前は育つが、母はいなくてはならない。
Q. 籐編先生って父の仲間?
A. 良く気づいたな。籐編が小学校教諭だったお陰で、今日この日に銀行が社会科見学で子供達の貸し切り状態になると知った。彼女は作戦に反対していたが、子供達に危害が及ばないことを確約してなんとか納得してくれたようだ。籐編は我々の仲間だとバレていないだろうから人質と一緒に解放するつもりだ。

父との話が終われば、団員の一人が探索者を外まで連れて行くことになる。
父は「気をつけて帰れよ!」と日常の一幕のように探索者を送り出す。
探索者が、父からの愛情を疑う必要は無い。視線を切る間際、父の表情は哀愁を含んでいたからだ。優劣はないのだろう。探索者も母も同様に大切なのだ。
父は、探索者を見送ると、エレベーターに乗り込む。団員は、探索者を連れて2Fの非常階段から外に出ようとする。

03. 非常階段

どのような状態でここに辿り着いたとしても、非常階段の扉は開かない。
そも内側から開けるのに鍵は必要ないが、鍵などで開かないというよりは、外から強い力で抑えられているようだ。
団員に連れられている場合は、非常階段の異常を無線で報告した後に、通用口から探索者を開放すべく、1Fへ降りる決断をする。

強盗団員の腹痛

1Fへ下りる直前、団員が腹痛を訴える。
悶え苦しむようなものではなく、腹を下したような痛みのようで、2Fに備わったトイレで用を足すという。
団員は、探索者を安全に外へ連れ出すため、トイレの間待っているように言うが、団員の指示に従うかどうかは、団員への信頼度に任せられる。

団員を待つ選択をした探索者が、トイレの近くにいる場合、個室から嗚咽が聞こえる。
様子を見に個室の前に向かうのであれば、団員は喉から空気が漏れる音を繰り返した後、ゲエという喉の音と共に、何かを吐き出したようだ。

以降、その団員から声が発されることは無い。
耳聡い探索者であれば、個室から枯れ枝を踏んだような乾いた音がかすかに聞こえるかもしれない。
扉の下部、または横から登るなどして中を覗き込むと、そこに強盗団員の姿は無く、大便器の上に緑色の球体が乗っているのが分かる。

緑の球体は、よく見れば何かの植物のツタが球状になっている物だと分かって良い。
ツタの球体からは浅い呼吸音だけが聞えてくる。
探索者は、団員が得体のしれないツタの球体に変貌してしまったことを確信する。
【SANc 1/1d4】

04. エレベーター(2F)

自由な探索者であれば、エレベーターで移動することが可能だ。
操作盤には各階のボタンがあるが、4Fと5Fのボタンは反応しない。
聡明な探索者であれば、操作盤の下部にカードを当てるタッチパネルが付いていることから、4F・5Fに行くにはカードキーを差し込む必要があると分かって良い。

06. 二井銀行3F

― ツタの球体 ―

階段は3Fより先が無い。更に上階へ行くにはエレベーターを使うしかなさそうだ。
3Fに付いた時、嗅覚が鋭い探索者であれば、ストーブなどから香る匂いと同様のものに気付けるかもしれない。聡明な探索者であれば、アルコール消毒液の匂いだと分かって良い。消毒液の匂いは、3Fフロアに充満しているわけでは無さそうだ。3Fには微かに自然風が吹いている。
出所を探れば、換気用の窓が開いていることに気付けるだろう。
消毒液の臭いは外から匂っていると分かって良い。

01. 事務室

複数の事務室があるが、殆どが空室となっており、銀行員、強盗団もいない。
そのうちの一室に、複数の異質な物体が見える。
それは、事務室の中心で不自然に転がっている緑の球体だった。
大きさは、子供の背丈と同じか、それ以上のものばかりだ。
近づいてみれば、それはツタの集合体であることが分かるだろう。
ツタの球体からは浅い呼吸音だけが聞えてくる。

エレベーターのカードキー

この場に強盗団員と調査に来た場合、緑の球体を破壊することができるかもしれない。
強盗団員は、抱えている銃火器で高密度のツタを破壊していく。
中には、兵装に身を包んだ強盗団員が入っており、球体から解放されても尚ツタを吐き出し続けている。ツタは口からだけではなく、目、耳、下腹部など人間に空いた隙から輩出され続けている。
【SANc 1/1d6】
また、球体から出てきた団員の位は『先生』である為、エレベーターのカードキーを所持している。

02. 役員室

役員室に近づいた時、危機察知に優れた探索者であれば、聞き耳を立てるかもしれない。
その場合、防音された部屋の中で、僅かに話し声が聞こえるだろう。
内容が分かる程ではないが、誰にも見つからずに行動したいのであれば役員室の探索は諦めた方がよさそうだ。

既に強盗団を信用している探索者であれば、様々な異変について報告したり、助けを請う場合もあるだろう。
役員室の中は、オフィスや事務室よりも多少豪勢なデスクと、一人掛けの椅子が置かれている。
そこには、二名の強盗団員が外の様子を確認していたようだ。

ここにいる強盗団員は異変に気付いていない為、探索者に気付いた段階で保護する目的で確保しようとする。しかし、探索者が『理事長』の息子であることは共有されているようで、丁重に扱う気はあるようだ。

強盗団員

「おいおい、『理事長』のお子さんがなんでこんなところに?! 下のやつらが解放するように言われてるはずなんだが……。何やってんだアイツら」

この団員に対し、状況を整理して話さなければ連行されてしまう。
まだ『理事長』に会っていない探索者であれば、2Fの応接室に連れていかれるし、既に解放する旨を聞かされているのであれば、通用口から建物外に出されてしまう。

交渉に長けた探索者が説明すれば、建物内で起きている突拍子もない異変を信じてもらえるかもしれない。
以降、団員1名を同行させて探索することができる。

ビル外壁の異変

また、役員室からは外の様子を確認することができる。
外は既に大勢の警官隊に包囲されており、その周囲は野次馬や報道陣まで押し寄せている。
目敏い探索者であれば、人々の視線が1Fではなくビルの半ばに集まっていることに違和感を覚えるかもしれない。
特に周囲を取り囲む野次馬の中には4階より上部を指差している者がいたり、報道陣ののカメラも上を移しているようだ。
観察に長けた探索者であれば、カメラの角度から注目されている階を割り出すことができるかもしれない。
カメラは、屋上ではなく4Fか5Fを撮影しているようだ。
この事を知っても、体を乗り出せる程開く窓が一つもない為、4F・5Fの外壁を確認することはできない。

強盗団員に違和感を共有しても、心当たりはないようだ。
作戦の全貌を話すことは無いが、少なくとも4F・5Fに仕掛けがある様なものではないと聞かされる。

嗅覚が鋭い探索者であれば、外からアルコール消毒液の匂いをかぎ取ることができるかもしれない。
消毒液の匂いに関しては、強盗団員の作戦に使う物である為、心配はいらないとなだめられてしまう。

07. 二井銀行4F

― 悪魔のツタ ―

4Fに行くには、エレベーターの操作盤にカードキーを当てなくてはならない。
エレベーターの扉が開いた時、異様な湿気を感じ、濃いアルコールの匂いが鼻につく。

悪魔のツタ

4Fフロアは、植物園と見紛うほどに大量のツタで埋め尽くされていた。
ツタは、蛇のように蠢いており、植物というよりは生物、触手に近い。
その触手めいたツタの集合体は、今はまだエレベーターの中にいる人間を捉えるべく襲い掛かってくる。

特殊戦闘:悪魔のツタ / その一部

※触手の如きツタの集合体はエレベーターの扉が完全に閉まり切るまで探索者達を絡めとろうとする。まず、素早く開閉ボタンを押すために、DEX×5の判定に成功しなければならない。そして、ボタンを押してから5 秒間、ツタの侵入を防がなくてはならない。
ツタを叩き落とす、または抑え込むのに適した技能に2回成功することで、エレベーター内に侵入されることは無い。
また、この場に強盗団員を同行させている場合、手持ちの銃火器で侵入を防いでくれる。

敗北 / 養分

悪魔のツタに絡めとられた探索者の口内に、一本のツタが無理やりねじ込まれた。
まだ細い子供の喉奥、食堂の内壁を削りながら、ツタは胃まで到達したようだ。
数秒の間胃を蹂躙した後、ツタは大概へ排出される。
ツタが引き抜かれても、体内の異物感は消えない。既に意識は混濁し、張力は落ちている。それも腹の底からジクジクと音を立てながら何かが蠢く音がする。
突如、吐き気に襲われる。吐き気を催してから嘔吐までに時差はほぼ感じ無かった。
探索者が最後に見た光景は、自身が吐き出した緑のツタだ。探索者の眼球は、内からこみ上げる異物に押し出され、飛び出し、眼孔はただの穴と化した。
ついには、全身からツタを輩出しながら意識を閉ざす。かつて探索者がいた場所には緑の球体だけが残されているのだろう。

08. 二井銀行5F

― 奇祭準備 ―

5Fに行くには、エレベーターの操作盤にカードキーを当てなくてはならない。
エレベーターの扉が開いた時、異様な湿気を感じ、濃いアルコールの匂いが鼻につく。
5Fフロアは、植物園と見紛うほどに大量のツタで埋め尽くされている。
ツタは、蛇のように蠢いており、植物というよりは生物、触手に近い。
そして、その触手めいたツタの集合体の中心には籐編が立っていた。

籐編人子

籐編は、蠢くツタの端から赤いポリタンクに入った液体をかけているようだ。
フロアに充満している匂いから察するに、ポリタンクの中身はアルコールであると推測できて良い。
探索者に気付いた籐編は、作業を中断して駆け寄ってくる。

籐編

「{HO1} さ~ん! 良かった~無事だったんですね~」

籐編は、異様な光景を探索者に目撃されても、いつも通りの応対をする。
いかに自身の立場が危ぶまれようとも、自身の意思で小児を害することは決してあり得ない。籐編にとって、子供の価値は最高に位置しているからだ。
子供好きの範疇をとうに超えており、小児しか愛せない程度に歪み切っている。
小学生児童である探索者は、この時始めて籐編の目線の異質さに気付くかもしれない。

籐編

「大丈夫ですよ~。悪い大人は全部私がやっつけて、みんな助けてあげますからね~」

具体的な止め方を問うても、先生に全部任せるようにと言いくるめられてしまう。
しかし、「建物を燃やすのか?」と問い詰めた場合は、明確に否定する。

籐編

「先生はそんなことしませんよ。{HO1}さんのお父さんがやるんです」

籐編が『青き太陽の教師たち』の一員であることを知っていれば、作戦の全貌を聞くことができるかもしれない。
既に裏切っている籐編が『青き太陽の教師たち』の作戦を隠すことは無い。

籐編

「{HO1}さんのお父さんは、交渉が失敗したら炎の神様を呼び出すつもりなんですよ~。神様に警察を呪ってもらうんです~。フサッグァ様は確かに私たちの願いをかなえてくれますよ~。でも、神様を呼び出すのは危険なんです。それに大人の欲望を満たすために神様を使うなんて不敬だと思いませんか? 欲望は自分の力で満たしてこそです」

籐編から感じる狂気や、漠然とした危機感からでも良い。
父の命に危険が及ぶと考えた探索者であれば、とにかく父を殺さないでくれと懇願する場合もあるだろう。
籐編は、探索者の必死の訴えを聞き入れるが、望まぬ解決策を提示してくる。

籐編

「子供を危険に晒すお父さんに育てられたら{HO1}さんも歪んでしまいますよ~。確かに子供一人で生きていくのは辛いですよね……。そうだ~! じゃあ先生と一緒に暮らしましょう! そういえば、まだ先生と遊んでいない生徒は{HO1}さんと嘉羽さんだけなんですよ~。一緒に住んだらいっぱい遊びましょうね~。{HO1}さんは嘉羽さんと仲がいいみたいですから、一緒に遊ぶのもいいですね」

探索者が大人しくフロアを出るのであれば、籐編が追ってくることは無い。
エレベーターが閉まる前、籐編は教師らしい言葉で探索者を見送る

籐編

「寄り道はほどほどに、気をつけて帰るんですよ~」

妨害

この場で籐編を止めようと強行した場合、攻撃が籐編に届く前にフロア一面を埋め尽くすツタに拘束されてしまう。
四肢を拘束された探索者を見た籐編は頬を紅潮させて笑みを浮かべるが、この場は探索者の身体よりも自身の使命を優先するようだ。

籐編

「とても可愛い恰好ですけど、先生は大人なので今は我慢します~。儀式を止めた後は、時間がたっぷりあるんですから」

籐編は拘束された探索者を横目にエレベーターに乗り込む。
文字盤が『R』と表示していることから、屋上に向かったと分かって良い。

その後、探索者を拘束していたツタは5Fフロアの窓を突き破り、探索者を傷つけぬようゆっくりと下降すると、銀行を取り囲む警官隊の前に着地させる。
警官隊は、探索者の異様な脱出に驚愕しているが、すぐに探索者を保護する。
この保護に安心するかどうかは探索者に委ねられるが、小学生一人の力で警官隊を振りほどいて中に戻ることは困難だ。
後に、1Fに囚われていたクラスメイト達が解放されるまで、銀行外で待機することになる。

この時、探索者は始めて銀行の外観を目撃することになるだろう。
外壁は、全面が植物に覆われていた。
探索者が中で目撃したであろう、蠢くツタによるものだと分かって良い。
ツタが編細工のように巻かれて蠢く様は、建物全体が巨大な生物のようだ。
直後、ビルの屋上が発火する。屋上の炎はビルを覆うツタに一瞬で燃え移った。
既に、この建造物は強盗に占拠された銀行などではない。
贄閉じ込める籐編み細工の巨人、人身御供の祭具『ウィッカーマン』と成り果てたのだ。
【SANc 1/1d20】

ビルが炎に包まれたことで、1Fにいる人質が次々と解放されていく。
クラスメイトの全てが解放されると、警察は落ち着いた生徒から順に聴取を始める。
この聴取には探索者も含まれるが、もし大きな外傷を負っている場合は応急手当を優先されるだろう。

聴取を受けた生徒達が共通して訴えるのは、2Fに大人が残っているということだ。
事情を何も知らない生徒は、籐編教諭を助けて欲しいと懇願する者もいる。
人間観察に優れた探索者であれば、生徒たちが籐編の無事を祈る様子に異質さを感じるかもしれない。
取り乱している生徒や、執拗に救助を懇願する様子は、籐編の人望だけでは説明がつかない。まるで、肉親や恋人が危険にさらされた者の反応だ。
生徒たちは、自身と同様に心配している周囲を牽制しているようにも見える。
籐編への想いを競っているようだ。

そんな様子を呆然と見守るしかない探索者は、非日常にそぐわない、日常と違わぬ様子の嘉羽に声を掛けられる。

⇒ [P:43]

09. 二井銀行 屋上

― フサッグァの招来 ―

屋上には、複数の強盗団員と父がいる。
儀式めいた祭儀の準備を行っているようで、全員が忙しない。

様子を窺うのであれば、ドロドロとした半固形のジェル状の物体でレールを作り、図形の様なものを描いているようだ。
察しの良い探索者であれば、耐火ジェルのレールにアルコールを流し込んで方陣を描いていると分かるかもしれない。

探索者が儀式を妨害することに意味はない。
この場には、多くの強盗団員いる。
余程乱暴な手段を盗らない限りは、探索者に危害を加えることは無いが、いずれの場合でも、強靭な肉体を持った大人たちに阻まれてしまうだろう。なにより、彼らはもう止まることができないのだ。
探索者による決死の説得も、既に届かない段階まできてしまっている。

「俺たちは、この日のために全てを賭けて準備してきた。ここまで来て注視することはできない。悪いな……。儀式が終わり次第、人質は解放する手筈になっている。お前も1Fへ行きなさい」

父はそういうと、作戦の最終段階に移る。
探索者がすぐに1Fへ向かうのであれば、これから起きる惨事に巻き込まれることは無い。最後まで見届けるのであれば、命の危険に晒される覚悟を持つべきだ。

儀式が始まる前であれば、探索者が1Fへ下りることはたやすい。
⇒ [P:42]

01. フサッグァ招来の儀

作戦に参加した『青き太陽の教師たち』の多くがこの場に集合している。
探索者の父は、軍隊のように整列した信徒の前に立つと、最終作戦の声明を出す。

「法務省との交渉は決裂した! この国の法は女神の手から離れ、選民の道具と成り果てたのだ! 我々『青き太陽の教師たち』は、民を導く規範である。炎の教えに従い、神の学び舎を脅かす者を誅殺する!」

信徒達の揃った応答を聞くと、父は背を向けて呪文を唱え始める。
信徒の一人が、手に持った松明の火を足元にくべると、アルコールに燃え移った炎は地を走り、ビルの屋上に方陣を形作っていく。その間も、信徒たちは詠唱を続けている。
始めは経のようだった。探索者の知らない言語で読まれる経は、次第に理解不能の呪祖のように変化していった。

मास्टरः सज्जतायै बहु परिश्रमं कृतवान्
यः मूर्खः अहं क्रीडन् गुप्तरूपेण अन्विषम्
भवता क्रीडने एकाग्रता कर्तव्या
अन्तः समीपम् अस्ति
यथाशक्ति कुरु
ふんぐるい むぐるうなふ くとぅぐあ ふぉまるはうと……

呪文の詠唱は中断される。
誰もが言葉を発するのを止め、周囲を見て絶句しているからだ。
屋上のヘリから立ち昇るそれは緑の触手に見えた。
よく見ると、植物のツタのようだが、意思を持つように蠢く姿は、やはり触手と呼ぶ方が正確に思える。
【SANc 1/1d4】

02. ウィッカーマンの贄

目敏い探索者は、ツタの表面が液体に塗れていることが分かるかもしれない。
これまでの経験からツタはアルコールに浸されていると察することができれば、屋上からいち早く脱出するべきだと判断できるだろう。

アルコールに塗れたツタの大群が燃える方陣に触れる。
炎は瞬く間にツタへ引火し、屋上、いやビル全体が業火に包まれる。
ツタは、屋上にいる信徒を巻き込み、次々と焼き殺していく。
燃え盛るビルは、罪人を焼く阿鼻地獄に変貌した。
【SANc 1/1d6】

03. 燃えるビルからの脱出

業火に包まれた屋上から脱出する手段は非常階段しかない。
エレベーターには既に火の手が回っていて乗り込むことはできないと分かって良い。
非常階段も決して安全ではなく、炎を纏ったツタが絡みついている。
探索者が非常階段に向かうのであれば、父が同行する。

「お前に謝りたいことは沢山あるが、とにかく今は脱出だ! お前だけは絶対に生かして帰す!」

燃え盛る非常階段を降りて脱出するには、各階で危機を脱する技能、または探索者の機転が必要になる。
嘉羽の忠告を聞き入れていた探索者であれば、生還率が上がるかもしれない。

5F

5F近辺は、ツタがあふれ出す爆心地である。
攻撃してツタを蹴散らすか、身軽な者はすり抜けるしかない。
失敗した場合は、燃えるツタの妨害により1D6のダメージを受けてしまう。

探索者が気絶、もしくは絶命する程のダメージを受ける可能性がある場合、父が身を挺して階下に逃がす。
この場合、父は燃えるツタに絡めとられ、その業火によって焼き尽くされる。

4F

4F近辺は、ツタすらも耐えられない程の劫火に包まれている。
火を弱める機転、もしくは自身に燃え移るより先に素早く通り抜ける敏捷が必要だ。
素早く行動できなかった探索者は1D8の燃焼ダメージを受ける。
この時、嘉羽の忠告を聞き入れていた探索者であれば、ダメージを緩和することができるだろう。
探索者が気絶、もしくは絶命する程のダメージを受ける可能性がある場合、父が身を挺して階下に逃がす。
この場合、父は探索者を自らの肉体で覆い、劫火から守り抜く。
次第に、探索者に覆いかぶさっていた父の重量は増していき、気付いた時には完全に脱力している。

3F

3F近辺は、消火作業による放水が行われている。
放水の威力は、人間が浴びて無事で済む威力ではない。
探索者達に気付いていない消防隊員に、自身の存在を認知させなくてはならない。
気付かれなかった場合は、高威力の放水で体が外壁に叩きつけられてしまう。
確実に命を脅かすダメージを負うことになるだろう。

この場合、父は探索者を付き飛ばすことで自身が身代わりになる。
高威力の放水を浴びた父は、外壁に叩きつけられ、崩れた足場と共に地上に落下していく。

もし、この時点で父が既にいない場合は、階下から手を引かれることで放水を回避する。
探索者の手を取っていたのは、籐編だった。
籐編は、その小柄な肉体であなたを庇いながら階段を降りていく。

籐編

「生徒が1 人でも死んでしまったら意味がないんです~! 私は、生徒を守るために異教の神と契約したんですから~!」

2F

2F近辺は、大量のツタが蠢いていた。階段の周りを包囲するように絡みついている。
今はまだ、ツタは行く手を妨害していない。
しかし、ツタの代わりに籐編が立っていた。

この時点で父が既にいない場合は、籐編は探索者の手を取り階下に誘導する。
彼女の倫理観では、子供の無事は何よりも優先されるからだ。

父が同行し続けている場合は、籐編はツタを操り行く手を妨害する。
この妨害は探索者が対象ではない。籐編が行く手を阻むのは探索者の父だけだ。

籐編

「あなたが止まらなかったように、私も止まる気はありません~。私は、生徒を守るために異教の神と契約したんです~。あなた達を贄とすることで~子供たちは神による永遠の寵愛を受けることを約束されています~。大人なら、親なら、子供の安寧のために死ぬのも悪くないでしょう~」

父は、自身の所業を棚に上げ、籐編の思想を糾弾する気はないようだ。
いずれにしても、思惑は違えど、両名は探索者を逃がすという部分で一致している。
父は、最後の言葉を残して探索者を階下に送り出す。

「あ~……まずは悪かった。俺は母さんを、リハを取り返したかったし、それがお前の為でもあると思っていた。それは今でも変わらないが、俺が始めたことでお前が危険な目に合ったことは悔やんでも悔やみきれない。俺は自身の願いを叶える為、神に縋ってしまった。羊が檻から出して欲しいと羊飼いに訴えることは無い。出たければ自分の力で出るべきだった。当たり前のことなのになぁ……。俺のこのザマを忘れないでくれ。お前は俺のような神に縋る弱い人間にならないでくれ。お前が自らの力で生きて、寿命で死ぬことを心から願っている」

探索者が反抗したとしても、籐編が操るツタによって1Fの安全な位置まで運ばれてしまうだろう。
改めてビルを見ても、既に両名は炎とツタの中に消えている。

10. 二井銀行 外観

― 嘉羽の異変 ―

1Fに辿り着き、ビルから距離を取ったところで、始めて銀行の外観を目撃することになるだろう。

ビルは燃えるツタによって隙間なく覆われている。
ツタが編細工のように巻かれて蠢く様は、建物全体が巨大な生物のようだ。
既に、この建造物は強盗に占拠された銀行などではない。
贄閉じ込める籐編み細工の巨人、人身御供の祭具『ウィッカーマン』と成り果てたのだ。
【SANc 1/1d20】

ビルが炎に包まれたことで、1Fにいる人質が次々と解放されていく。
クラスメイトの全てが解放されると、警察は落ち着いた生徒から順に聴取を始める。
この聴取には探索者も含まれるが、もし大きな外傷を負っている場合は応急手当を優先されるだろう。

聴取を受けた生徒達が共通して訴えるのは、2Fに大人が残っているということだ。
事情を何も知らない生徒は、籐編教諭を助けて欲しいと懇願する者もいる。
人間観察に優れた探索者であれば、生徒たちが籐編の無事を祈る様子に異質さを感じるかもしれない。
取り乱している生徒や、執拗に救助を懇願する様子は、籐編の人望だけでは説明がつかない。まるで、肉親や恋人が危険にさらされた者の反応だ。
生徒たちは、自身と同様に心配している周囲を牽制しているようにも見える。
籐編への想いを競っているようだ。

そんな様子を呆然と見守るしかない探索者は、非日常にそぐわない、日常と違わぬ声色の嘉羽に話し掛けられる。

再開

嘉羽

「お帰り。寄り道しちゃったみたいだね」

嘉羽は、探索者から話さなければ、中の様子について尋ねることは無い。
反対に、探索者が中の様子を話したり、傷心を訴えれば、友人らしく慰めるだろう。
また、事件について聞く宛もない疑問をぶつければ、今事件で錯綜した各人の思惑について語る。

嘉羽

「事実を整理してしまえば、妻を取り返したい男と、その男の計画に反対した離反者の戦いだったんだろうね。それぞれの感情、倫理感、欲望が入り混じったこの事件は、簡単に説明できる様な内容じゃなかったけど、ひとつだけ単純なことがあった。相反する二人の唯一の共通点が“ 君の無事” だったことだ。だから君なら大丈夫って言ったんだよ」

籐編の異常性と、クラスメイトの狼狽について聞けば、クラスメイト同士の関係性が希薄だったことについて語る。

嘉羽

「あれは籐編先生の仕業だよ。思春期入りたての子供を、魅力ある大人が本気で誘惑したら、ひとたまりもないんだろうね。皆が籐編先生を好きだったんだ。僕と君を除いてね。先生は生徒同士が仲良くなって情報が共有されることを恐れたんだ。子供心をよく理解している人じゃなきゃできないことだよ。僕じゃ何回生まれ変わってもできる気がしないな」

そんな会話を繰り広げる中、嘉羽は唐突に会話を中断した。

邂逅

唐突に黙った嘉羽は、警察の集団を凝視していた。
この時の彼の表情を一言で形容することは難しい。
死人に出会って驚いているようにも見えるし、憧れの人にあった感動のような、100 年の待ち人に再会できたような歓喜の表情にも見える。

嘉羽の視線の先にいるのは、一人の婦人警官だった。

スチルイラスト: still1.png

その立ち姿と、切れ長の目をした凛しい顔立ちを見ただけで、彼女が優秀な人物であると思わせる。
探索者が感じ取れるのはここまでだ。

婦人警官は、周囲を取り巻く警官よりも役職が高いようだ。
何人かの警官を引き連れて、消火されつつあるビルへ突入していく。

嘉羽は、何かに引かれているようなおぼつかない足取りで、婦人警官を追ってビルに向かおうとしている。
探索者が大声で呼ぶなどすれば、会話する程度の冷静さは取り戻す。

嘉羽

「ごめん{HO1}。僕はあの刑事さんとどうしても話したいんだ。だって、あの人が何を考えてるかわかって、これからどうなるか分からないんだよ! こんなこと初めてなんだ!」

嘉羽は年相応の無邪気さで探索者に熱弁する。
探索者が同行すると提案しても、嘉羽が拒否することはない。

探索者が彼を止めることはできない。
もし、力ずくで止めようとするのであれば、突如2Fで爆発が起きる。
2Fから飛来したコンクリートの塊は嘉羽と探索者を分断するように落ちる。
探索者が身の危険に怯んでいる内に、嘉羽はビルに入ってしまう。
追って中に入るのは可能だ。

10. 赤の女王

― 始まり ―

1Fには誰もいないようだ。
入ってすぐに2Fから複数の断末魔が聞えてくる。
声を発しいてる人数が尋常ではない。10~20では足りないほどだ。
嘉羽は迷いのない足取りで、2Fのオフィスへと進んでいく。

01. 謁見

銀行員オフィスには立っている人間が一人もいない。
人質となっていた銀行員、婦人警官に同行した警官、そのすべてが肉片となって床を埋め尽くしている。
そして、屍の上に人では無い何者かがいた。
背には、恐ろしいコウモリの翼が生え、髪は白蛇の束に見える。
鮮血よりも赤いドレスを身に纏い、手には巨大な大鎌を握っている。
見るからに高貴な装いも、その恐ろしさの前ではまるで意味を成していない。
【SANc 1/1d8】

嘉羽は、背を向けた異形の女に向かっていく。
恐怖などみじんも感じていないようだ。
顔は紅潮し、喜びと緊張をはらんだ表情で、人見知りの子が勇気を出す様に話しかける。

嘉羽

「あ、あの! あなたは神様ですか?」

その声で異形の女は振り返る。その顔は背後から見るより更に恐ろしかったが、それよりも、外観で見た婦人警官のおもかげを残していることに意識が割かれてしまう。

02. 人外の一撃

振り返った異形の女は、嘉羽の言葉を意にも介さず、手に持った大鎌を振るう。
この時、探索者は嘉羽を助けることもできるし、回避に専念することもできる。
普段の嘉羽であれば助ける必要は無いかもしれない。
しかし、今の彼は様子がおかしいということは分かっているだろう。
探索者は、理屈ではなく、心のままに動くべきだ。

回避

異形の女から繰り出される一撃は、子供の反応で回避できるようなものではなかった。
あなたの体を両断しかねない、強烈な一撃を受けてしまう。
あなたが意識を閉ざす直前に見た光景は、自身の体から噴水のように飛び出す鮮血と、半歩逸れるだけで大鎌を躱した嘉羽の後ろ姿だった。
02. END:B

庇う

様子のおかしい嘉羽が危険だと判断したからかもしれないし、仲の良い友人を庇うのに理由は無かったかもしれない。
いずれにしても、探索者は嘉羽を庇うことはできなかった。
嘉羽が踵で蹴った死体の頭部が探索者の足元に転がり、それに躓いて転んでしまったからだ。躓いたことで、大鎌は探索者の頭上を通過して奇跡的に回避する。
嘉羽は、半歩逸れるだけで大鎌を躱したようだった。

嘉羽

「なんで急に飛び込んできたの? 無茶したらダメだよ?でも、お陰でちょっと頭が冷えた。ありがとう」

庇わなきゃよかったと思うかもしれない。
しかし、大鎌が振り下ろされる速度は、到底目で追えるようなものではなかった。
普通に避けようとしてたら斬られていただろう。

異形の女は、二撃目を繰り出さない。
先の一撃を楽々と回避した嘉羽の異能を見て、個体として認知したようだった。

嘉羽

「名乗りもせずに一方的に質問してごめんなさい。僕は嘉羽 羊介と言います」

異形の女は、嘉羽を観察するように視線を向けた後、探索者達が分かる言語で応答する。

赤の女王

「私は『大いなるもの』の守護者にして生命の管理者。羊飼いの王■■■■■である」

異形の女は、探索者達に意味の分かる日本語で話しているが、内容を真に理解できている気がしない。
後半に発せられた言葉は、反復するにしても発音が困難な単語だった。

嘉羽

「すみません。我々には発音ができないようです。では、赤い女王様。あなたを超えなければ、人は飼われたままなんですね」

嘉羽が何かを納得した素振りを見せると、赤の女王は再び大鎌を振り上げる。
嘉羽は振り上げられた大鎌を見てもその場を動こうとしない。
直後、オフィスの外から大勢の声が聞こえる。警官が突入してきたようだ。
赤の女王は、振り上げた大鎌で外壁を切り飛ばすと、蝙蝠のような羽を広げる。

赤の女王

「嘉羽 羊介。貴様は13 番目の多角羊。羊飼いを害する者だ」

そう言い残し、空へ飛び立っていった。
探索者達は、突入してきた警官隊に保護されて、二井銀行を後にする。
01. END:A

終編
愚者炎症手術 -Will o' wisp operation-

探索者は、ついに両親とも失ってしまった。
正確には母が生きているのかもしれないが、二度と会うことができないのであれば似たようなものだ。

身寄りが無くなった探索者は、児童養護施設で暮らすことになった。
都会の喧騒に包まれる中、初老の女性が営む小さな児童園だが、園長も職員も皆優しく、共に暮らす子供たちとも仲良くできそうだ。

この事件を経て、非凡な友人ができたかどうかは、探索者の選択によるだろう。

01. END:A

― ドロッセルマイヤー作戦 ―

その日は、なんら特別な日ではなかったと記憶している。
銀行強盗事件から数日後、放課後の帰り道のことだったはずだ。

嘉羽

「一緒に神を殺そうよ」

嘉羽は唐突にそんなことを提案してきた。
後に彼が提示してきたメリットは今でもはっきりと覚えている。

嘉羽

「僕なら、{HO1}のお母さんを解放できるよ。というより、あの女王様を殺すときに必要なことなんだ。君が協力してくれれば、僕が一人でやるより3 年早く成功する」

恐らく、なぜ自分なんだと尋ねたのだろう。
今思い出すと笑ってしまいそうな理由を聞いたからだ。

嘉羽

「僕、君しか友達いないんだよね」

前向きだったか、後ろ向きだったか定かではないが、彼が立てた作戦は全て聞いた。
20年に及ぶ長期作戦で、先が長いと辟易したものだ。詳細について語ることはできない。
それが、作戦を先に聞くうえでの約束だったからだ。

嘉羽

「このことを知っているのは僕と君だけだ。僕も今後どんなに協力者が増えたとしても絶対に話さない。だから、君も誰にも言っちゃだめだよ」

彼は、作戦に参加するかどうかの回答を聞かなかった。
先に答えたからかもしれないし、最後までなあななで済ませたかもしれない。
正式な手続きがあるわけでもないのだから、意味がないといえばその通りだが、今の私が協力する気があるのかどうかを彼は知らないままだ。そういえば、別れ際に合言葉だけ決めたのだった。
今しがた聞くまで忘れていたが、聞けば案外思い出せるものだ。
将来、私がバレエにハマったらどうするつもりだったのだろうか。

合言葉は『ドロッセルマイヤー』
この単語を日常で聞いたら作戦開始だ

02. END:B

― ドロッセルマイヤー症候群 ―

幼少期どんな友人がいたかと記憶をさかのぼれば、もう殆ど名前も顔もおぼろげだ。
しかし、今でも当時を思い返した時、必ず浮かぶ顔がある。
特段仲が良かったわけでもないが、とにかく彼の事だけは忘れることができないのは、クラス全員が巻き込まれたあの事件で、共に多くの真実を目撃したからかもしれないし、命に関わる大怪我を負った時、最後に見たのが彼の背だったからかもしれない。

今日も、特番で彼の名前を見た。
『世界中の戦争をコントロールしていると言われる日本人武器商人『嘉羽 羊介』今日は彼について番組が独自に仕入れた情報も合わせてご紹介していきたいと思います!』
先日は、都市伝説系Youtuberが動画にしていた。
今や、国際指名手配となっている彼の名前は世界中に知れ渡っている。

そんなことを思い出しながら、スマホをいじっていた探索者は、唐突に掛かってきた着信に誤タップで出てしまう。
電話先からは、探索者の名前を呼ぶ声がした。

嘉羽

「{HO1}さん。お久しぶりです。嘉羽です。小学校振りですが覚えてますか?」

探索者がなんと答えようが、嘉羽は要件だけを告げる。
その内容は、探索者にとって利益しかない物だった。

嘉羽

「僕、指名手配されちゃってるんですけどご存じですか?逮捕に繋がる有力情報提供者には、500万円の賞金が出るんですよ。それで、せっかくなので元クラスメイトの{HO1}さんに、これを得るチャンスを提供しようと思って連絡したんです。僕を逮捕するきっかけになった英雄になってもらいたいんですよ」

探索者が強制的に話を終わらせなければ、嘉羽は詳細を告げる。

嘉羽

「僕の位置情報と、証拠の写真を送ります。これを有力情報提供者として警察に渡すだけで、あなたは500万の大金と栄誉を得る。もちろん、スクープとして記者に高額で売りつけても構いません。今日の0:00までに提出されていなかったら、他の方に頼みます。{HO1}さんに最初に連絡したのは、適当な人の利益になるよりは、当時の友人に受け取ってほしいと思っただけです。どうするかはお任せしますね」

嘉羽から送られてきたのは、箱根駒ヶ岳の位置情報と、その周辺で撮影された嘉羽が写っている写真だった。

この話を受けるかどうかは、探索者に任せられる。
情報を渡せば500万を得て警察に感謝されるし、受けなければ何もない。
ただそれだけのことだ。
いずれにしても、探索者が電話を受けた翌日、あらゆるメディアで嘉羽羊介逮捕の報道が出る。

この日から数か月、世界中で起きている戦争・紛争の半分が終戦した。
代わりに、日本では10年に一度の凶悪事件が連日報道されることとなる。
凶悪事件は、次の凶悪事件の狼煙となる。
伝染病のように広がっていく人間の悪意は、今日もどこかで人を殺す。